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東京地方裁判所 昭和38年(行)25号 判決 1963年12月28日

原告 阿南主税

被告 東京都大田税務事務所長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立て)

第一、原告は、次のような判決を求めた。

一、被告が原告に対し、昭和三七年八月一〇日付をもつてした、税額を金一七、〇三〇円とする不動産取得税の課税処分を取り消す。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

第二、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。

(当事者双方の主張)

第一、原告は請求の原因及び被告の主張に対する反論として次のとおり述べた。

一、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)は、もと訴外塚本秀進の所有であつたが、昭和三二、三年ころ、原告と同訴外人との間で、右土地と原告所有の東京都大田区山王一丁目二、七八一番の三二宅地一六坪八合五勺及び同番の三三、宅地一一〇坪七合四勺とを等価で交換する旨の契約が成立し、原告は本件土地の所有権を取得したので、昭和三七年六月一五日、右交換を原因とする所有権移転登記手続をなしたところ、被告は、右交換は訴外塚本と原告が互に土地を取得した場合に該当するものとして、同年八月一〇日付をもつて原告に対し税額を金一七、〇三〇円とする不動産取得税の課税処分をなした。そこで原告は、同年九月一日東京都知事に対し異議の申立てをなしたところ、同知事は同年一二月一八日付をもつて右異議の申立てを棄却する決定をなし同月二五日その旨通知があつた。

二、しかしながら、本件課税処分は次のような理由により違法である。すなわち、不動産取得税は、地方税法の規定により明らかなように、地方税たる道府県民税、事業税の補完税として道府県の居住者が新たに不動産を取得した場合、その財産の増加による担税力を客体として課税する租税であるが、本件のごとく、不動産が等価で交換された場合には、不動産の喪失と取得が同時に行われ、経済的には新たな価値の移転または消費がなく、ただ財産内容が入れ替つたのみで担税力を表現する価値の取得または移転が生じないのであるから、これに対し不動産取得税を課税することは許されないものというべきである。換言すれば地方税法第七三条の二で規定する「不動産の取得」には、交換による不動産の取得は含まれないものと解すべきである。しかるに被告は、交換という法律行為の性質を究めず、交換による本件土地所有権の取得という面にのみ着眼して、原告に対し本件不動産取得税の課税処分をなしたものであるから、右課税処分は違法である。

三、被告は、不動産取得税は流通税たる性質を有するものであるから、不動産の等価による交換の場合のように、新たに課税の対象となる不動産の財産価値に増加がなくても、不動産の所有権を取得した事実があれば、その取得原因のいかんを問わず不動産取得者に課税されるものであると主張するが、右主張は私有財産制度のもとにおける租税がすべて国民の所有または消費、収益または利益(収益、利益を伴うと認めるべき経済行為を課税標準とする場合を含む。)に担税力を認め、これを税源として課税することを基本原則とする一般租税理論に反するものである。

すなわち、不動産取得税は、被告主張のように租税体系上、流通税に属するものではない。流通税は、経済価値の移転または人間の移動に対し、その移転価値を課税標準として一定率の租税を課し、賦課された租税は通常移転価値に合算されて買受人に転稼するから、実質上の租税負担者は財産取得者または通行人であるが、納税者は売渡人であるのが原則であつて、流通税の典型ともいうべき物品税、交通税、売上税、有価証券移転税等は、よくこの理を証明している。しかるに不動産取得税は、新たに不動産を取得した者に対し、その取得原因が継受的取得であると、原始的取得であるとにかかわらず、財産取得の消費力を税源とし、取得財産の価値を課税標準とし、直接取得者を租税負担者として課税する租税であるから、流通税とはその性質を異にし、財政学上の通説はこれを雑種税に属せしめているのである。地方税法第七三条の二第一項は「不動産取得税は、不動産の取得に対し、……当該不動産の取得者に課する。」と規定し、その第二項において、新築家屋に対しても取得とみなす旨の規定を設け、同条の三以下において、用途または取得者による非課税の場合を規定し、さらに同条の七は、形式的な所有権の移転に対して課税しない場合を列挙しているが、これらの規定は、不動産取得税が租税の転稼を目的とする流通税ではなく、租税負担者を納税義務者とする直接税であることを明らかにしているものと解すべきである。したがつて、被告の主張は不動産取得税を流通税の一種とする点において解釈の前提を誤つて居り、その結論が失当であることは明らかである。

さらに、被告は、交換による不動産の取得を非課税とする旨の規定はないから、本件課税処分は適法であると主張するが、前述のように交換という法律行為については、法律的にも経済的にも担税力を示す新たな財産の取得とみるべき財産価値の移動はなく、形式的に不動産取得の登記が行われるにすぎないのであるから租税法律主義のもとにおいては、特にこのような場合にも不動産取得税を課する旨の規定(たとえば、新築家屋の場合におけるような規定)がない以上、不動産取得税を課することはできないのであつて、徴税者の自由な解釈により租税法規の解釈を拡張したり類推したりすることは許されないのである。

かりに、被告主張のように不動産取得税が、不動産の取得原因いかんを問わず課税されるものとするならば、交換による不動産の取得の場合には、当事者の双方に課税されることになり売買の場合に比し不公平であつて、租税における公平の原則に反する結果となるから、この点からみても被告の主張が失当であることは明らかである。

第二、被告指定代理人は、請求原因に対する答弁及び主張として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項の事実は認めるが、同第二、三項の主張は争う。

二、本件課税処分には、原告主張のような違法はない。すなわち、不動産取得税は、流通税たる性質を有するものであつて、不動産所有権の取得事実をとらえ、その取得自体を課税の客体として不動産の取得者に課するものであり、当該不動産の取得者は、その取得原因のいかんを問わず、またその取得に伴い財産価値が増加すると否とを問わず、地方税法に特別の定めがある場合を除き、不動産取得税の納付義務を負うものであるところ、同法には交換(それが等価交換であつても)により不動産を取得した場合に、非課税とすべき旨の規定はないから、原告が本件不動産を取得したという課税要件事実が存する以上、被告が本件課税処分をなしたのは当然であつて租税法律主義の法理に反するものでないことはもちろんである。

かりに原告の主張するように、不動産取得税が流通税としての性質を有しないとしても、そのこと自体は本件賦課処分に何ら影響を及ぼすものではない、また原告は、不動産の売買の場合には、当事者の一方にのみ不動産取得税が課せられるのに、交換の場合には、当事者の双方に課税せられるから公平の原則に反し違法であると主張するが、売買の場合には買主のみが不動産を取得するのに対し、交換の場合には当事者双方が不動産を取得するという差異があり、これによつて、そのように扱われているのに過ぎないから、右主張は、それ自体失当というべきである。

理由

一、本件土地は、もと訴外塚本秀進の所有であつたが、昭和三二、三年頃、原告と同訴外人との間で、右土地と、原告所有の東京都大田区山王一丁目二、七八一番の三二、宅地一六坪八合五勺及び同番の三三、宅地一一〇坪七合四勺とを等価で交換する旨の契約が成立し、原告は本件土地の所有権を取得したので、昭和三七年六月一五日、右交換を原因とする所有権移転登記手続をなしたところ、これに対し、被告が同年八月一〇日付をもつて、原告に対し、税額を金一七、〇三〇円とする不動産取得税の課税処分をなしたことは当事者間に争いがない。

二、そこで、本件課税処分が違法であるかどうかについて判断する。地方税法第七三条の二第一項によると、不動産取得税は、不動産の取得に対し、当該不動産所在の道府県において当該不動産の取得者に課することになつているが、右「不動産の取得」の意義については、同法にはその定義を定めた規定がなく、また同法の規定等から、時に通常の用語と異なる意味において使用されているものと解さなければならない根拠もないから、右「不動産の取得」なる字句は、通常の意味に従つて「不動産所有権の取得」の意味に解するのが相当であるところ、同法は、同条の三ないし七において不動産取得税の非課税を定めるほかは、不動産所有権の取得原因いかんにより課税し、あるいは非課税とすべき規定を設けていないから、同条の二第一項の規定は、同条の三ないし七において列挙する場合に該当しない限り、売買、贈与、交換、建築その他不動産所有権の取得原因を問わず当該不動産所有権の取得に対し、その取得者に課税すべきことを定めたものと解するのが相当である。

原告は、不動産と不動産の等価による交換の場合には、不動産の取得と喪失が同時に行われ、経済的には新たな価値の移転がなく、ただ財産内容が入れ替つたのみで、担税力を表現する価値の取得または移転は生じないから、このような場合には、特別の規定がない以上不動産取得税を課することはできないと主張するが、不動産取得税は、不動産の所有権の取得という事実を捉えて、その取得者の担税力を認め、これに課税しようとするものであるから、その事実がある以上、不動産と不動産の等価による交換の場合といえども、その性質上不動産取得税を課税しないものと解すべき根拠に乏しく、原告の見解は理解し難い。前述のように不動産取得税は、不動産の所有権の取得があるときは、原則として、その所有権の取得原因いかんを問わず課税されるものであつて、不動産と不動産の等価による交換の場合も除外されていないと解すべきであるから、前記除外規定に該当しない限り、(右規定は租税法規の性質上みだりに拡張して解釈することは許されない。)交換による不動産の取得者は、不動産取得税の納付義務を負うものというべきである。そしてこのことは、不動産取得税の性質が財政学上、流通税の一種とみるべきか、または雑種税に属するものとみるべきかによつて異るものではない。したがつて、地方税法上、特に交換による不動産所有権の取得に対して課税する旨を明定した規定がないとしても、これに対し不動産取得税を課すことは、なんら租税法律主義の法理に反するものではない。

さらに、原告は、不動産の売買による取得の場合には、買主のみに課税されるのに反し、交換の場合には当事者の双方に課税されることになるから、公平の原則に反すると主張するが、地方税法は、前述のように課税の対象となるべき不動産所有権の取得という事実を捉えて取得者の担税力を認め、その取得者に不動産取得税を課するものであるところ、売買の場合には、買主のみが不動産の所有権を取得するのに対し、交換の場合には交換という法律行為の性質上、当事者双方が不動産の所有権を取得するため、売買の場合には買主のみに課税されるのに対し交換の場合には当事者双方に課税されるという結果が生ずるにすぎないのであるから、交換の当事者双方に課税したとしてもそれは当然であり、同一の当事者に二重に課せられるものでもないから公平の原則に反するものということはできない。(もし交換の場合に、いずれも不動産取得税が課せられないこととすれば、むしろ売買の場合に比し不公平であるとも考えられる)したがつて、原告の右主張もまた理由がない。

三、以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 位野木益雄 田嶋重徳 桜林三郎)

(別紙)

物件目録

東京都大田区山王一丁目二七八一番の四

一、宅地 二七坪四合六勺

同 番の五

一、宅地 八九坪三合八勺

以上

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